邪馬台国や卑弥呼のことが書いてある『魏志倭人伝』や、それに続く『後漢書東夷伝』には、3世紀頃の「倭国」、
つまり弥生時代の日本にタトゥーの習慣があったことが書かれています。
それらの資料によると、入れ墨は入れる位置や大きさなどから社会的身分のちがいをあらわしていたり、
当時、たくさんの小国に分かれていた倭人諸国の間で異なる図案が用いられていたりした、ということです。
つまり、弥生時代のタトゥーには、社会的身分や国への帰属を表示する役割があったわけです。
このような目的のほか、タトゥーには刑罰、ファッション、儀礼的意義、呪術的・宗教的な表現、集団帰属の証しなどがあります。
刑罰
古代中国の刑法である「五刑」には、罪人の顔や腕などにタトゥーを入れる「墨(ぼく)」や「黥(げい)」という刑罰が記されています。
五刑のうちでは、もっとも軽い刑罰でした。
日本でも、江戸時代には左腕の上腕に一筋か二筋の入れ墨を入れる刑罰がありました。
顔や額に彫るケースもあり、図柄は地方によって異なりますが、累犯するたびに額に「一」「ナ」「大」「犬」と一画ずつ彫っていき、
5度目には死罪としたという例もあります。
ファッション
単純に装飾、ファッションのためだけであって、その他の目的を持たないタトゥーというものは、歴史的にはあまり見られません。
1960年代頃から、欧米で近代以前の非ヨーロッパ文化が再発見・再評価されるようになってから、
若者の間でファッションとしてタトゥーを楽しむようになったことなどが挙げられるくらいです。
その代表的なものとしてはアメリカのヒッピー・ムーブメントがあります。
ドラッグやカルト宗教への傾倒を特徴とする文化運動で、当時のアメリカ人から見てエキセントリックなヒンズー教やチベット仏教などから
受容した梵字やオカルト的図案のタトゥーが流行しました。
儀礼的意義
世界各地のさまざまな部族の中で、今日の日本でいう「成人式」にあたるようなイニシエーション(通過儀礼)に
パスした証しとしてタトゥーを彫ることもあります。
タトゥーを彫る際にはかなりの痛みがともないます。
この痛みと恐怖を乗り越えてタトゥーを彫ることで、人生の一段うえのステージにいたる階段をのぼったとみなされるわけです。
このようなタトゥーを入れた人は、大人として結婚が可能になったり、部族の中で特別な地位に立つことが認められたりします。
トライバルタトゥーでは、ボルネオやマオリのものがはっきりとこの性格をもっています。
呪術的・宗教的表現
近代以前の非ヨーロッパ的文明を担う世界各地の部族の間には、自然の中に宿る神や精霊の力を信じ、
それを自分の中に取り入れることが重要視されるアニミズム(自然崇拝)が広く認められます。
自然界の地形や動植物、太陽光や雷のような自然現象がシンボルとしてタトゥーの図柄に用いられている場合、
多くはそうしたものと一体化し、その力を我がものとする祈りが込められています。
対象は自然物とは限らず、親や恋人、子ども、あるいは戦場で倒した強敵の霊といった、人間である場合もあります。
その人物との結びつきを強めたり、強敵の力を取り込んだりする願いがあらわれています。
集団帰属の証し
自分がある組織や集団に属していることを表示する役割のタトゥーです。
弥生時代の日本のタトゥーに、この性格が見られることは前述のとおりです。同様の性格のトライバルタトゥーは多くの部族にみられます。
現代の欧米や日本では、ロシア・マフィアやアメリカの白人至上主義者、日本の暴力団や中華系の幇(ぱん)など、
反社会的組織と結びつくイメージが強くなっています。
個体識別のため
以上のほか、歴史的にみれば個体識別や整理のためという役割のタトゥーもあります。
例えば、ナチスの親衛隊は負傷したときに優先的に輸血を受けられるように、左脇の下に血液型を彫りました。
ナチスといえば、アウシュビッツなどの収容所に送る人びとの腕に整理番号を刻んだ例もあります。
中世から近代にかけてのヨーロッパでも、囚人の管理用にタトゥーが広く用いられています。
日本では、木場の川並鳶がさかんに彫っていた「深川彫」のように、溺死したときの身元確認用に彫る入れ墨が、漁師などの間で見られました。
また、首を取られてしまえば身元不明の死体として野晒しになるおそれのあった日本の戦国時代の雑兵が、自分の名前などを指に入れ墨することがありました。
上述の江戸時代における刑罰としての入れ墨も、ある意味では罪人・前科者の識別用という性格をもつものと言えます。
ちなみに、現在の日本の入れ墨につながる技術は江戸時代の後半、11代将軍家斉の時代に完成されますが、
その技術の発展をうながした動因のひとつが「刑罰として彫り込まれた入れ墨を、より大きな入れ墨を重ねて彫ることによって、
いかに粋にごまかすか」という工夫だったことはなんとも皮肉な話です。